永井大樹 原子力災害時の住民行動に対するリスク認知の影響に関する研究 佐野可寸志 本研究は,原子力災害時における住民の行動決定要因を明らかにすることを目的とする.福島第一原子力発電所事故以降,我が国では原子力災害対策重点区域としてPAZおよびUPZが設定され,各自治体において避難計画の策定や防災訓練,住民への周知啓発が進められてきた.しかし,原子力災害は発生頻度が低く,被害を五感で直接把握しにくいという特性を有するため,住民の関心や理解が十分に高まりにくく,行政の想定とは異なる行動が取られる可能性が指摘されている.特にUPZでは,屋内退避と避難の両方が選択肢として存在することから,不安や誤解に基づく自主避難が発生し,交通混雑や被ばくリスクの増加などの二次的影響を招く恐れがある.こうした課題を踏まえ,住民がどのような認知や行動過程を経て判断を行うのかを明らかにすることが重要である.  そこで本研究では,新潟県内のPAZ・UPZを対象に自治体へのヒアリング調査を実施するとともに,住民アンケート調査を行い,知識,コミュニケーション,リスク認知,防災行動,災害時の行動の関係について,共分散構造分析により検証した.分析では,知識を起点として各要因が相互に関連しながら,災害時の行動判断にどのような影響を及ぼすのかに着目した.  分析の結果,住民の知識の向上が行動決定構造の出発点となることが確認された.原子力災害に関する制度や放射線の基礎,屋内退避の有効性などを理解している住民ほど,家族や近隣住民との間で防災に関する話題を共有するなど,コミュニケーションが活発になる傾向がみられた.さらに,コミュニケーションの増加は,原子力災害に対する過度な不安や恐怖といったリスク認知の低減につながっていた.リスク認知が適切な水準に抑えられることで,「とにかく避難する」といった行動志向が弱まり,状況に応じて屋内退避を選択するなど,災害時の行動の適切化が促されることが明らかとなった.また,コミュニケーションの活性化は,防災訓練や講座への参加,資料の確認といった防災行動の実施も促進し,これらの経験が具体的な行動イメージの形成を通じて,適切な判断に直接的に寄与していた.  以上の結果から,住民の災害時行動を適切化するためには,単に原子力災害の危険性を強調するのではなく,正確で体系的な知識の普及を基盤とした取り組みが重要であるといえる.知識の向上は,コミュニケーションの活性化やリスク認知の調整を通じて住民の行動判断に多面的な影響を及ぼす中核的要因であり,今後の原子力防災施策においては,知識の習得機会を継続的に提供していくことの重要性が示唆された.