川島 徹

コンクリート中への物質侵入過程に及ぼす持続載荷応力の影響

指導教員 下村 匠

現行の土木学会コンクリート標準示方書における塩化物イオン拡散係数算定式には,コンクリートの応力状態の影響は反映されていない.もしも,持続圧縮応力がコンクリートの細孔組織を圧密することにより塩化物イオンの侵入・拡散を抑制するのであれば,この効果を拡散係数算定式に取り入れることにより,PCおよびPRC部材の耐久性の優位性を設計において考慮することができる.一方,圧縮による細孔組織の破壊により,物質透過抵抗性が低下することも考えられる.いずれにせよ,持続応力がコンクリートの物質透過性に及ぼす影響に関する事実を正しく把握しておくとは重要である.

 しかしながら,既往のコンクリートの物質透過性に関する研究報告からは,持続応力が物質透過性に及ぼす影響に関する統一された事実を確認することができない.圧縮力により塩化物イオンの拡散が抑制されるのか,促進されるのかといった基本的な傾向さえも研究者により結論が異なっている.
本研究は,この流れを汲み,持続応力による物質透過性への影響についてベンチマークとなるような実験事実の取得によって,その一般的な傾向を明らかにすることを目的としている.また,本研究にて行った実験結果を含めた既往の実験結果のすべてを矛盾なく説明し,持続圧縮応力がコンクリートの物質透過抵抗性に及ぼす影響について,統一的な説明を試みることを第2の目的としている.

 そこで,本研究ではまず,すべての既往の研究結果を整理・統合し,それぞれの研究における実験結果の相違点を指摘するとともにその原因について考察した.この結果,圧縮応力が物質透過性へ及ぼす影響は,実験に用いる材料,透過物質,透過方法および力の方向といった条件の相違により,異なった傾向を示すことが明らかとなった.さらに,本研究にて行った吸水実験の結果とあわせることにより,圧縮応力のコンクリートの物質透過性へ及ぼす影響は軽微であることが明らかとなり,セメントペーストとコンクリートといった材料の相違が,圧縮応力と物質透過性との関係に強く結びついていることが決定的となった.

 また,圧縮応力がコンクリートの塩化物イオン拡散係数に及ぼす影響について,一般的な実験事実の取得を目的として暴露試験を行った.この結果から,圧縮力の影響は絶対的に軽微であるとの結論を得た.しかしながら,実験結果をミクロに見た場合,貧配合コンクリートに圧縮力が作用した場合には,その物質透過抵抗性が低下しうるという可能性を見出した.また,コンクリートの水セメント比あるいは配合が,応力状態と物質透過性との関係に影響を及ぼしていることが認められた.

 最後に,これらの実験事実を基に,持続応力がコンクリートの物質透過性に及ぼす影響についての統一的な説明を試みた.これには,ペースト部分の圧密,コンクリート内部に発生するマイクロクラックおよび細孔径分布といった,微視的構造の観点から説明することが有効であることがわかった.