井口晃徳

ファージディスプレイ法を利用した未知微生物群の新規分離手法の開発

大橋晶良、原田秀樹


 環境中に存在する多様な未知微生物群の分離・培養を行うことを目的とし、本研究では、蛍光in situ ハイブリダイゼーション法とファージディスプレイ法を組み合わせた、特定の微生物を生きたまま回収する技術を開発・提案することを目指した。本提案技術は、 (1) 16S rRNA配列を標的とした蛍光標識DNAプローブによるFISH法により標的微生物を蛍光標識し、(2) フローサイトメータ等でその標識菌体を選択的に回収し (この際細胞は完全に死滅している)、 (3) その後、回収された菌体表面に対し多様なペプチドライブラリを提示したファージディスプレイを適用し、標的菌体に特異的に結合するペプチド配列を選別、(4)選別したペプチドを標的菌体に対する"釣り針"として利用し、複合微生物試料中から標的微生物を回収する。

 本研究では、上記手法の実現可能性を検証するため、門レベルの典型的な難培養微生物群に属するGemmatimonas aurantiacaをモデル微生物として用い、上記提案技術の (3)、(4) にあたる部分の技術開発を行った。

 標的菌体と特異的に結合するペプチドのスクリーニングには、7-merもしくは12-merのランダムペプチド配列を提示するM13ファージライブラリを用いた。選別したペプチド配列を決定した後、そのペプチドを人工的に合成した。ペプチドの特異性は、G. aurantiaca菌体およびいくつかの門・綱を代表する微生物菌体に対して選別したペプチドを添加後、そのペプチドの結合性をチラミドシグナル増幅法 (TSA) 法を利用した蛍光シグナルとして評価した。ペプチドと結合したG. aurantiaca菌体を回収するため、ストレプトアビジンが修飾された磁気ビーズを利用した。ペプチド・磁気ビーズ複合体と標的菌体を結合させた後、磁石により結合菌体を回収した。

 7-merおよび12-merのペプチド鎖を有するファージディスプレイライブラリからG. aurantiaca菌体と特異的な結合能を有するペプチドの選別を行った。その結果、G. aurantiaca菌体に対して強く結合すると思われるペプチドが多数選別された。次にTSA法を利用し、選別したペプチドのG. aurantiacaに対する特異性を蛍光シグナルとして検出・確認した。その結果、選別ペプチド (N'-WPHAPWGFSAFS-C') は他の選別ペプチドと比較して、より特異的にG. aurantiaca菌体と結合することが判明した。ペプチドと結合した菌体を回収するため、ストレプトアビジンが修飾されている磁気ビーズを利用し、G. aurantiacaの特異的回収を試みた。磁石によりペプチドと結合した菌体を回収後、回収した菌体 (ビーズと結合している菌体) をDAPIで染色し菌数を計測した。その結果、G. aurantiaca菌体は、他の非標的菌体よりも1オーダー以上高い回収率で菌体が回収されていることが明らかとなった。

 本研究の提案技術を適用することで、標的微生物の菌体表面と特異的に結合するペプチドリガンドを得ることができた。このことは、本手法が特定の微生物群の検出を可能とする手法として利用可能であることを示していた。また、磁気ビーズと特異的ペプチド鎖を利用し、特定の微生物群の回収が可能であった。この方法を生きた細胞に含む試料に適用することで、難培養微生物群を高純度で分離し、その後の培養に供することが可能となるかもしれない。