柄沢 篤志

広域閉鎖性水域の海水交換機構に関する研究

細山田 得三


閉鎖水域は穏やかな水域であることから,人間活動に非常に適した場となっている.しかし,経済成長と人口の増加に伴って生活排水,産業排水などが海域に流れ込み水質悪化を招いている.閉鎖性水域は人間にとって利用しやすい場所であるだけに,人為的な影響による環境悪化の危険に直面しているが,このような閉鎖性水域は世界のいたるところに存在する.

 本研究では,世界の代表的な広域閉鎖性水域である渤海に着目した.近年,中国は急速な経済発展をとげているが,それに伴う過剰取水による深刻な水不足が生じている.これを解消するために「南水北調」が進められているが,黄河の流出水が増大することにより,黄河内の堆積物が多量に渤海に流れ込み,更なる水質の悪化が予想される.また,長期的には流出水が日本海沿岸域へ到達し水環境や水産資源に何らかの影響を及ぼすことが予想される.そこで本研究では,数値計算により渤海の主要な流動機構および物質拡散過程を把握し,長期的,広域的な環境変化予測に資することを試みた.

 対象地域の渤海では潮汐流と吹送流が卓越している.また,南水北調に伴う河川からの流出水による密度流も生じる.そこで,準3次元モデルを作成し,この3つの主要流れの数値シミュレーションを行った.基本式には連続式と運動方程式を陽的に差分化したものを用いた.このモデルの精度確認を行った後,渤海海峡での海水交換機構を明らかにするために拡散計算を行い,潮汐流,吹送流,密度流の流動機構および海水交換に与える影響の把握を試みた.

 本計算の解析結果より,渤海では潮汐流および吹送流が海水交換に寄与していたことを確認した.海水交換機構は,潮汐流では渤海内で反時計回りの水平循環流が形成され,吹送流では主に鉛直方向に海水交換が行われていた.吹送流による海水交換は,潮汐によるものよりも約2倍程度早く,吹送流は潮汐流よりも海水交換に与える影響が大きいということが明らかになった.特に風向は大きく海水交換に関与しており,冬季に吹く風が最も海水交換を早めていた.そのため,冬季の吹送流が海水交換を最も促進させる流れであることが明らかになった. また,「南水北調」で渤海からの流出水が増大することにより,渤海の海水が流出する速度は現在よりも速くなることが確かめられた.吹送流を考慮した場合,その速度はさらに速くなると予想される.このことから,今後は日本海沿岸海域を含めた広い範囲で海流および吹送流を含めた検討が望まれる.