室木 芳憲

組換えアカガイアスパラギン酸ラセマーゼの精製と諸特性の解析

山田 良平、解良 芳夫、高橋 祥司


 かつて非天然化合物と考えられていた D-アミノ酸が、近年、哺乳類を含む動物の体内に普遍的に存在する事が明らかとなり、その生理機能や生合成経路に関する研究が進められている。これまで当研究室では、高濃度の D-アスパラギン酸を含有するアカガイから、ピリドキサール 5'-リン酸(PLP)に依存的なアスパラギン酸ラセマーゼを初めて精製し、その諸性質を解析してきた。その結果、本酵素は AMP により活性化され、ATP により阻害されるという、他のアミノ酸ラセマーゼには類を見ない特性を有している事が明らかとなった。昨年度、本酵素遺伝子が単離され、本酵素は哺乳類セリンラセマーゼと高い相同性を示し、アスパラギン酸ラセマーゼを含む他のアミノ酸ラセマーゼとは相同性を示さないことが明らかとなった。また、本酵素遺伝子を大腸菌で発現させたところ、その粗酵素抽出液にアスパラギン酸ラセマーゼ活性が確認された。そこで、本研究では本組換え酵素を精製し、その特徴づけを行った。

 2種のクロマトグラフィーにより精製された組換え酵素の比活性は 10 U/mg であり、アカガイ組織からの精製酵素(天然酵素)とほぼ同じ値を示した。組換え酵素のネイティブな分子質量 (56 kDa) とサブユニットあたりの分子質量 (38 kDa) は天然酵素とほぼ等しく、また PLP 依存性であった。基質濃度と反応速度の関係を解析した結果、組換え酵素によるアスパラギン酸のラセミ化は Michaelis - Menten の反応速度論に従ったが、天然酵素よりも 4-10 倍高いアスパラギン酸への親和性を有していた。組換え酵素はアスパラギン酸に対してのみラセマーゼ活性を示したが、それ以外にも新たに L-トレオ-3-ヒドロキシアスパラギン酸に対して比較的高いデヒドラターゼ活性を有していることが明らかとなった。ヌクレオチドが酵素活性に及ぼす影響を解析した結果、組換え酵素は天然酵素と同様に、AMP により活性化され、ATPにより阻害された。さらに解析した結果、組換え酵素においても ATP 結合部位と AMP 結合部位はそれぞれ独立していた。しかしながら、非常に低い濃度 (10 μM) の ATP により活性阻害を受けるが、天然の酵素で見られたような高濃度の AMP による活性阻害は受けなかった。このように、組換え酵素と天然酵素の間でいくつかの性質の違いがみられた。この原因は現在のところ不明だが、天然酵素は翻訳後修飾を受けている可能性が考えられるほか、バリアントが存在する可能性も考えられる。