松本 徹

有機リン系農薬曝露に対する新規評価法の開発 〜コイアセチルコリンエステラーゼ遺伝子のクローニング〜

山田 良平、解良 芳夫、高橋 祥司


 アセチルコリンエステラーゼ ( EC 3.1.7、以下 AChE ) は、シナプス間隙において神経伝達物質であるアセチルコリンを加水分解し、その作用を終了させることが主な生理機能である。殺虫剤の重要なグループである有機リン系およびカルバメート系化合物は、このAChEの働きを強く阻害する。それを利用して、魚類の脳や筋組織におけるAChEの非活性の減少は、水環境における有機リン系化合物暴露に対する有用なバイオマーカーとなり、多くの野外調査でさまざまな魚類のAChEの酵素活性が調べられている。しかしながら、環境調査に使用される魚類におけるAChEの酵素学的諸特性は、ほとんど解析されていなかった。正確な影響評価を行うためには、酵素学的諸特性、特に有機リン系化合物による阻害の把握が重要であると考え、当研究室では、野外調査で広く使用されているコイの筋組織からAChEを精製し、その諸特性を明らかにした。さらに現在行われている組織あたりの活性で算出する比活性の問題点である個体差により基準となる活性値の違いを改善するために、抗体抗原反応を用いた免疫学的手法によるAChE量の検出方法を用いた比活性を比較するシステムの開発を目指した。免疫学的な手法には、コイAChEに対する抗体が必要となるため、コイ筋組織由来のAChE精製標品を用いて、抗体作製を試みたが、抗体は得られなかった。この原因に、コイAChE精製標品が少なかったことが考えられたために、本研究ではコイAChE遺伝子をクローニングし、組み換えAChEを大量に獲ることとした。コイ筋組織の全cDNAを鋳型として、他の魚類で明らかになっているAChEのアミノ酸配列から設計した縮重プライマーを用いたPCRにより、本酵素の部分遺伝子を取得した後、RACE法を用いてcDNA配列を明らかにした。本酵素cDNAは、全長 2,368-bpで654アミノ酸からなるポリペプチドをコードする1,902-bpのオープンリーディングフレームが確認された。推定アミノ酸配列から算出された分子質量は、約72.0 kDaであり、コイ筋組織から精製したAChEの分子質量 77.9 kDaと近い値であった。推定アミノ酸配列は、ゼブラフィッシュのAChEと87 %ともっとも高い相同性を示した。推定アミノ酸配列から本酵素が糖タンパク質であることが明らかとなった。