三谷 一浩

コイのアセチルコリンエステラーゼの精製と諸特性の解析

解良 芳夫 山田 良平 高橋 祥司


 アセチルコリンエステラーゼ(EC 3.1.1.7、以下、AChE)は、シナプス間隙において神経伝達物質アセチルコリンを加水分解する酵素である。殺虫剤の重要なグループである有機リン系化合物とカルバメート系化合物は、この AChE を強く阻害する。そのため、魚類の脳や筋組織における AChE の比活性の減少は、有機リン系化合物曝露に対する有用なバイオマーカーとなると考えられ、多くの野外調査で様々な魚類の AChE の酵素活性が調べられている。しかしながら、酵素学的な諸特性が明らかにされている魚類の AChE は、シビレエイや電気ウナギの発電器官とカレイ筋組織の AChE だけである。AChE の比活性の減少をバイオマーカーとして用いて影響を正確に評価するためには、野外調査によく用いられる魚類の AChE の酵素的特性、特に有機リン系化合物による阻害の影響を把握することが不可欠であると考え、コイ筋組織から AChE を精製し、その諸特性の解析を試みた。

 コイ筋組織から精製した酵素の可溶化の特性は、この酵素がコラーゲンを有する非対称の型であることを示唆した。精製倍率 79700 倍、収率 45.8% で比活性 14900 μmol・min-1・ml-1 を有する精製標品が得られた。この比活性はシビレエイやカレイから同様の方法で精製された AChE の比活性より数倍高い値を示した。至適 pH と至適温度はそれぞれ pH7.6 - pH8.0 と 40℃であった。この酵素は高濃度の基質による酵素阻害が認められた。アセチルチオコリン、プロピオニルチオコリン、ブチリルチオコリンに対する酵素効率 Vmax/Km の値はそれぞれ 65.5, 10.1, 2.17 であった。このことから精製酵素は AChE であると示唆された。既知のコリンエステラーゼ類の阻害剤を用いて阻害の影響を調べたところ、AChE の特異的な阻害剤である BW284C51 や Edrophonium が強い影響を示した。また、殺虫剤として使用されている有機リン系化合物やカルバメート系化合物について精製酵素への阻害の影響を調べた結果、P=O 型の有機リン系化合物やカルバメート系化合物が強い影響を示した。