久保田 健吾 高感度FISH法をメタン生成古細菌に適用するための細胞壁処理 大橋 晶良, 原田 秀樹  メタン生成古細菌は嫌気性メタン発酵の最終段階を担う微生物として、環境中に広く分布していることが知られている。水田や湿原から発せられるメタンは膨大な量になり、特に湿原からのメタン生成量は地球上の全メタン生成量の42%を占めると推定されている。メタンガスの温室効果は100年スパンで考えた場合、二酸化炭素の21倍であり、地球温暖化への影響も無視することはできない。したがって、水田や湿原に存在するメタン生成古細菌の生態情報を得ることは、非常に重要である。  微生物を培養によらず特異的に検出することが可能であるFluorescence in situ hybridization (FISH)法は、近年発達してきた分子生物学的手法として広く用いられており、メタン生成古細菌の動態を把握するのに非常に有用な手法である。嫌気性廃水処理汚泥中のメタン生成古細菌の生態解析にも、FISH法が大きく貢献している。  しかしながら、水田や湿原のようなサンプルにFISH法を適用しても、微生物活性が低いことから、得られるシグナルが貧弱なうえ、土壌中などに存在する夾雑物から発せられる自家蛍光によって、FISH法によるシグナルがかき消されてしまう。近年開発されている高感度FISH法も、蛍光標識プローブに比べて分子量が非常に大きい酵素を細胞内に浸透させなければならず、細胞壁処理によって浸透性をあげる必要がある。しかし、メタン生成古細菌への適切な細胞壁処理方法が見つかっていないため、これまでのところ高感度FISH法の適用例は少ない。そこで本研究では、高感度FISH法をメタン生成古細菌に適用するための、適切な細胞壁処理方法について検討を行うことを目的とした。  研究をはじめるにあたり行った高感度FISH法の選定では、アルカリホスファターゼや西洋わさびペルオキシダーゼによるシグナル増幅反応に着目し、ECF-FISH法、HNPP-FISH法、CARD-FISH法について検討を行った。ECF-FISH法は、酵素反応により生成される蛍光物質が水溶性であり、細胞内に沈着しないことから、in situ hybridizationに適さず、微生物を検出することはできなかった。HNPP-FISH法は微生物を検出できたが、感度がさほど上がらず、採用を見合わせた。  CARD-FISH法は、蛍光標識プローブによるFISH法に比べて、非常に高い感度が得られた。蛍光強度も10倍以上に増幅したことから、本研究で用いる高感度FISH法はCARD-FISH法とした。  メタン生成古細菌の細胞壁処理は、メタン生成古細菌の4つ (シュードムレイン、Sレイヤー、メタノコンドロイチン、シース)の代表的な細胞壁構造をもつ純菌を選択して検討を行った。Sレイヤーをもつメタン生成古細菌Methanococcus vannielii, Methanoculleus bourgensisはエタノール固定すると菌体損失が見られたが、パラホルムアルデヒドで固定するとCARD-FISH法で検出可能であった。シースをもつMethanospirillum hungatei, Methanosaeta conciliiはプロテアーゼKによる処理が効果的であった。シュードムレインをもつMethanobacterium bryantiiはMethanothermobacter wolfeiの自己溶解酵素を抽出して用いることで、CARD-FISH法による検出が可能であった。メタノコンドロイチンを持つMethanosarcina barkeriもパラホルムアルデヒド固定処理のみで検出できたが、sarcinaの塊の周りから蛍光が得られ、シングルセルレベルでの検出には至らなかった。  本研究では、CARD-FISH法を用いて、メタン生成古細菌を純菌レベルで検出することが可能な細胞壁処理について知見を得ることができた。また本細胞壁処理方法は、環境サンプル中に存在するメタン生成古細菌へも適用可能であることが予想され、さまざまな環境中のin situ解析に非常に有用なツールとなると考えられる。