小林 悟志
コンクリート中の物質移動と鉄筋の腐食に関する数値解析

 塩害は,コンクリート構造物内部の鉄筋を腐食させ,構造物の耐久性を低下させる代表的
な劣化現象である。コンクリート標準示方書で,鋼材腐食に対する定量的な照査方法が導入
された。この方法は,簡便かつ物理的意味が明瞭であるので,実設計に適しているといえる。
しかし,簡便で実用的な照査法を持つ一方で,多少複雑であっても,条件を詳細に考慮でき
る,精度の高い予測手法の開発も続ける必要がある。本研究では,鉄筋コンクリートの内部
鉄筋の腐食による劣化過程を,より正確に予測でき,さまざまな条件下に適用できるモデル
の開発を目的とした。
鋼材の腐食速度を予測するため,電気化学的理論に基づき,水溶液中における鋼材の腐食
を定式化した。水溶液中の腐食を,コンクリート中の鉄筋の腐食に適用するため,コンクリ
ート細孔溶液のpH値を定めた。また,溶液の性質が,腐食速度に及ぼす影響を考慮した。
コンクリート中の物質移動は,既往の研究により,二次元での水分・塩化物イオン移動モデ
ルが構築されている。これに,酸素の移動モデルを加え,鉄筋近傍での物質量を算出した。
酸素は,コンクリート細孔中の気相・液相に存在し,ヘンリーの法則にしたがった平衡状態
にあると仮定してモデル化した。コンクリートの細孔構造に立脚した,水,塩化物イオン,
酸素の物質移動解析と鉄筋の腐食に関する連成解析により,コンクリート中の鉄筋の腐食速
度を予測可能とした。物質移動解析を二次元で行うことで,コンクリートに発生する曲げひ
び割れを考慮した,鉄筋軸方向の腐食分布が計算可能である。既往の実験結果と解析結果を
比較して連成解析システムの妥当性を検討した。実験値にはバラツキが見られるものの,経
年変化による平均腐食量の増加の傾向を,解析で予測できることを示した。構築した連成解
析システムを用い,コンクリートの曲げひび割れ幅,ひび割れ間隔,コンクリートの品質が,
鉄筋腐食性状に及ぼす影響を,数値シミュレーションにより検証した。その結果,それらを
合理的に考慮した劣化予測が可能であることを示した。また,ひび割れ幅とコンクリートの
品質が鉄筋腐食性状に及ぼす影響を把握するため,実験を行い,定性的な傾向を観察した。
コンクリートの品質については,解析結果と同様の傾向が観察されたが,ひび割れ幅に関し
ては,明確な傾向を把握することができなかった。これは,導入したひび割れが閉じてしま
ったためと考えられる。よって,今後,ひび割れ幅を継続的に保持・測定できる手法が必要
である。