沿岸域における高潮・津波災害予測のための長波遡上伝播計算に関する研究
建設工学専攻 英 恵司
指導教官 細山田得三

日本は、古くから高潮や津波などの長周期波の遡上による被害が多く、その対策も長年行われてきた。このため高潮の長周期による人的災害はかなり軽減した。しかしながら、1999年9月24日の9918号台風では、熊本県の不知火町において12名の犠牲者を出すなど、高潮の被災が完全になくなってしまったわけではない。一方、津波による被害は、発生源の予測が困難であり、今後ともその危険性を回避することは困難である。また地球温暖化による平均水位の上昇により長周期波の遡上による被災の発生の可能性が増大している。日本の各自治体は、高潮・津波による冠水域についてのハザードマップを作成してその対策に取り組んでいる。水災害における被害を軽減し、人口、資産の集積する都市・地域における海岸の安全性を向上させるために、波の遡上の力学的性質や地形との干渉について十分理解しておく必要がある。従来、長周期波の遡上について、数多くの数値計算例が報告されているがそれらの多くは沿岸の地形情報、例えば標高値の精度が十分でない場合が多く、また様々な方向から襲来することを想定した波の入射方向の検討が不十分である。遡上を計算するには、冠水域とそうでない領域とを判別するアルゴリズムが必要であり、また水塊が分離しても安定して計算できるスキームである必要がある。本研究は、高潮や津波などの長周期波の遡上に関する簡便な数値波動プログラムを作成した。さらに格子点上の地形データ(DEM)を生成する手法を開発し、新潟西港および東港を対象として地形や海洋構造物の配置によって影響を受ける長周期波の遡上の挙動を検討したものである。

DEM(デジタル標高データモデル)の作成は、新潟港の東西21.3km、南北15.9kmの範囲を対象とした。この範囲には700点を越す海・陸標高データが地図上に示されている。この地図をスキャナで読み込み、該当範囲内にある海・陸の水平座標と標高値を読み取り、ファイルで保存する。この後、平面2次元上の格子点と全海・全陸との水平距離を求め、距離の逆数に関係した重みつき平均をとって格子点上の標高とした。

平面2次元の流体運動を表す基礎方程式は非線形長波方程式であり、陽解法で離散化した式を用いて波動場の数値計算を行う。非線形長波方程式は連続式と砕波減衰項を付加した運動方程式から成っている。遡上計算では、水没している領域と陸上領域とが不規則に計算空間に分布している。このためこの領域を判別するためのフラッグファイルを作成する。具体的には2次元の計算格子各点に2次元配列を対応させ、その値が例えば1ならば水没領域、0ならば陸上あるいは引き波によって海底が露出した領域になるように判別する。基礎方程式による計算は、冠水域と判定された領域に対してのみ行う。本研究では、新潟港に対して計算を行った。計算領域は沿岸方向21.3km、岸方向15.9km、最大水深120mとする。全計算時間1500秒、入射波は新潟地震の際の周期960s、波高2.0mで入射方向は北を90度として30度間隔で与えている。波は計算領域内、上端で発生させ、右、左、下端では反射の影響を除外した。

本研究では、波の遡上すなわち押し波時の水際の後退、また遡上していく波と引き波とによる水塊の分離などが計算できるプログラムを作成し、実海岸に適用して様々な波向きを考慮した津波シミュレーションを行い、沿岸域のおける遡上計算を行った。その結果、長周期波の空間的な分布特性が地形形状に鋭敏に影響されることや新潟港の危険区域の予測を行うことができた。