吉川智洋
ガラス融液中における塩素の拡散挙動 ‐ 分子動力学法によるシミュレーション -
一般廃棄物の焼却残渣は、減容化と残渣中の有害物質の安定化を目的として溶融処理され、ガラス状の溶融スラグとして処分される。この溶融処理を還元雰囲気下で行うと塩化物を含むスラグが生成される。この塩化物の含有で融体の物性が変化するため、溶融処理工程に影響を与える可能性がある。そのため溶融スラグ組成に類似した塩化物含有ガラスによる比較評価が必要である。そこで本研究では分子動力学(Molecular Dynamics, MD)法を用い、塩化物を含んだCaO-Al2O3-SiO2系の高温融体における塩化物イオンの拡散機構と融体構造を調べた。
今回のMD法では河村によるMXDORTOを用いた。原子間ポテンシャル関数としては完全イオン性ポテンシャルのBusing−Ida−Gilbert型関数を用いた。スラグに類似した塩化物含有CaO-Al2O3-SiO2系ガラス組成で温度を1400〜4000Kに変化させ計算を行った。
この系の融体においてCl−イオンが最も拡散することが確認できた。1800K〜2000Kの温度範囲における自己拡散係数は塩化物量の増加で値が大きくなった。2体相関関数(Pair Correlation Function,PCF)の結果からCl−イオンはCa2+イオンと結合し、各粒子種の軌跡図からCa2+イオン周りを移動していることが観察された。
各塩化物含有量におけるCa−Cl結合のPCF曲線で、X=3〜7までは塩化物含有量が増えるにつれてCa−Cl結合のピークが上昇するが、X=9では変化しなかった。PCF数を絶対値Σnij(r)に変換しその差Σn(X)−Σn(X-2)を求めることで、X=9について考察した。X=7〜9の差ではより長いCa-Cl結合が多く生成される。X=9でガラス表面にCaCl2相が析出することから、ガラス中で長いCa-Cl結合は結合が不安定になったことを示すと考えられる。
また塩化物含有量が増えることでCa-Cl結合は増えていくが、X=9でAl−Cl結合のピークが生成し始める。O−Clの反発を加味したAl-Cl結合はCa−Cl結合より低い曲線となるため、Cl−の増加につれAl-Cl結合が生成され始めると考える。しかしこのAl-Cl結合は少ないため、実験で確認することは困難で完全イオン性ポテンシャルに仮定した結合のため実際のガラスでは生成されにくい。この系でCl-の自己拡散はCa2+の4〜2倍であるため、Cl-による高温物性への直接の影響は小さいと考えられる。