本田智子
ガラスの転移温度以下における粘弾性挙動  ―ガラス構造と内部摩擦―
ガラスは転移温度Tg以下においても、粘弾性体としてクリープや応力緩和現象が起こることが報告されている。このような力学的緩和現象は、高精度が要求される光学材料や、長期にわたって熱的安定性が要求される高レベル放射性廃棄物固化ガラスとして使用する際に問題となる。
ガラス転移温度以下の粘度測定は、静的測定法であるファイバーベンディング法の考案により1013〜1016Pa・sの粘度範囲で可能となったが、緩和時間が短いTg付近の粘度測定は困難である。一方、動的な方法である内部摩擦の測定により、Tg以下の粘弾性機構を調べる研究例も多い。しかしその多くは内部摩擦のピークの成因について論じるもので、温度を変化させて得られる内部摩擦曲線に見られる高温部での立ち上がりはbackgroundとして取り扱われている。
本研究ではこの内部摩擦backgroundが網目の変形に基づくと考え、backgroundの温度依存性およびその立ち上がりに注目し、ガラス構造と内部摩擦の関係を明かにすることを目的とした。
内部摩擦ピークはアルカリ金属イオンを含むガラスにおいて顕著に現れる。従って、本研究では内部摩擦backgroundと温度の関係に着目するために選定したアルカリフリーで低融点ガラスであるXPbO-(100-X)SiO2[x=40,50,60]、XPbO-(100-X)B2O3[X=30,60,70]、50CuOx-50P2O5(mol%)のファイバー状試料を調製し、周波数約0.1Hzの自由減衰振動法を用いて内部摩擦を測定した。
その結果、XPbO-(100-X)SiO2および50CuOx-50P2O5(mol%)ガラスの内部摩擦曲線には明確なピークが見られ、このピークの高さは網目空隙の広さに起因する非架橋酸素の易動度を反映していることが示唆された。また内部摩擦ピークのシフトは修飾酸化物の添加で起こる網目の切断に起因する、平均的な網目の結合強度を反映していると思われる。
高温部における内部摩擦backgroundはArrhenius的温度依存性を持ち、この活性化エネルギーはガラス転移温度以下の粘性流動の活性化エネルギーと良い一致を示した。Tg以上の温度域ではクラスターの移動に関する活性化エネルギーが得られるが、この値に比べてTg以下の低温域では活性化過程の一部が凍結されるため値が小さくなる。このような低温域における粘性変形は、網目の結合長さおよび結合角の変化に起因すると考えられ、静的測定法では困難であったTg付近の粘性機構を解明する手がかりが内部摩擦の測定により得られたと言えるだろう。