岩上一騎
社会資本整備の世代間厚生分析―世代重複型応用一般均衡モデルの開発と応用―
経済状態の悪化などに起因する社会資本整備事業の財政破綻はわが国の重要な政策課題の一つである.また急速な進行をみせる高齢社会の影響により将来の労働人口減少が予想され,将来の労働世代に対し大きな社会資本投資の費用負担を負わせる可能性がある.こうした意思決定問題に対して科学的かつ定量的な政策ルールの評価方法が社会的に強く求められている.政策評価をおこなう手法の1つに応用一般均衡モデルがある.ミクロ経済学から発展し,近年社会資本整備の政策評価に盛んに用いられているこのモデルは政策の効果を厚生変化として計測することができる.しかし静学モデルであるため,逐次変化する経済状態を考慮することができず,意思決定時点での評価が結果的にみて過大となるケースも存在する.一方,逐次変化する経済状態を考慮可能なモデルとして世代重複モデルがある.マクロ経済学のミクロ的基礎から発展してきたこのモデルでは,時間概念を考慮しており世代を明示可能である.しかしこのモデ
ルを用いて社会資本整備に焦点をあてた研究はほとんどない.
このような背景のもと,本研究では社会資本整備を対象とした世代重複型応用一般均衡モデルの構築を試み,構築したモデルによる最適政策ルールの評価をおこなうことを目的としている.まず変化する経済状態をモデルに反映するため社会資本ストックを動学変数として経済主体の行動に取り入れ,社会資本ストックの蓄積が経済構造に与える影響について考慮した.また世代を明示化することで世代毎の生涯効用最大化行動を表現し,世代毎の生涯効用およびその集計値である社会的厚生を求めることを可能にした.さらに,世帯の効用関数に公共財消費の項を組み込むことにより,世帯の効用が一般財消費のみでなく政府(公共)サービスの消費にも依存することを表現した.
この結果,政策として社会資本整備を行った場合に社会的厚生を最大化する最適投資政策ルールが存在することを確認できた.その理由は,社会資本整備量が大きくなると維持更新費用が増大すること,および社会資本整備以外の政府消費が少なくなるためと考えられる.さらに感度分析として効用関数の公共サービス
消費シェアパラメータ,公債発行額の水準,人口参入率,時間割引率,維持更新費用のパラメータを変化させた場合について,最適政策ルールの挙動を分析した.また危険回避度一定型効用関数を利用し各世代生涯効用の基準世代生涯効用との格差を比較すると,社会的厚生を最大にする政策ルールと異なる政策ルールにおいて世代間の生涯効用格差が最も小さくなり,世代間公平性を満たす結果を得ている.