上米良秀行
地域水文特性を考慮した陸域地表面の水・熱収支に関する研究
観測による同定が困難な,全球・大陸スケールの陸域水循環過程を定量的に理
解する上で,大気陸面結合モデルを用いた数値実験が有効である。既存の陸面
モデルは数多くあるが,降水量,気温,放射量等の気象要素を共通外力として
各モデル同様に与えた数値実験では,各モデル算定の蒸発散量,流出量等は長
期・短期スケールで互いに大きく異なる。故に,全球・大陸スケールでのモデ
ル検証が不十分であることが指摘されている。年水収支は流出量R=降水量P-蒸
発散量Eとなるため,Pが適切であればRの検証はEの検証を兼ねる。よって,モ
デル検証データとして観測河川流量に着目し,モデル算定流出量を正しく見積
ることで,より現実的な地表面水収支を評価することを研究目的とした。本研
究では,大気陸面結合モデル陸面水文過程スキームに,流域流出モデルとして
実績のある新安江モデルを適用した。本モデルは,本来,流域一様のモデルパ
ラメータを長期の観測流量情報に基づいて同定し適用されるため,流量情報の
入手が困難な地域では適用不可能である。そこで,流域を格子状に分割し,地
域の植生特性や土壌特性,気候特性等の水文特性を考慮することで,観測流量
情報に拠ることなく新安江モデルのパラメータ空間分布を推定した。中緯度湿
潤域のMississippi川流域を実験領域とし,陸面過程を大気場と切り離し,そ
の代わりに外部強制力を与えた数値実験および河道追跡計算を行い,観測河川
流量による検証を行った。その結果,Memphisにおける河川流量は観測流量に
対して年スケールで相対誤差7%の精度で再現された。これは流域蒸発散量にし
て2%の誤差に相当する。暖候期では観測流量時系列を非常に良く再現している
が,積雪・融雪期では観測流量に対して算定流量が過小評価されている。理由
として,外力として与えた降水量が陰に含む誤差の影響,および蒸発散量の過
大評価による影響,が考えられる。また,流域平均的には良好な結果といえる
が,対象流域の空間スケールが大きいため,グリッドスケールの水平分布でも
現実的な評価が成されているか否かは明らかでない。より小規模スケールでの
検証も併せて必要である。さらに,他流域・他気候帯での検証作業を重ね,パ
ラメータ推定手法の普遍性を高める必要がある。