分子生物学的手法を併用した
嫌気性テトラクロロエチレン脱塩素細菌の単離及び同定
水圏環境工学研究室  松井康哲
発癌性の疑いがされている地下水汚染物質であるテトラクロロエチレン (PCE) 等を生物機能の利用で浄化しようとするバイオレメディエーションの研究では,分解生物の検索とそれらの生理情報の把握,モニタリング手法の開発などの基礎的知見を得ることが研究課題とされている。近年,単独でPCEの完全分解を可能とする微生物が初めて分離されたという報告があった。この微生物は水素を利用しPCEをエチレンにまで分解する嫌気性細菌であるが,特殊な生育環境を要求するため培養困難と報告されている。したがって,PCE完全分解機構の解明等を行うには脱塩素株の単離作業により,その実態を捉えることが必要とされる。一方,培養を介さず原位置で脱塩素株を特異的に検出するDNAプローブの開発報告はまだほとんどない。そこで本研究では,分子生物学的手法を従来の分離・培養法に組み合わせることで,脱塩素細菌の分離・同定及び検出を試みることを目的とした。本研究では,PCEを無害なエチレン・エタンまで嫌気分解可能な微生物コンソーシアに着目した。顕微鏡観察では,形態学的に少なくとも5種類以上の微生物がコンソーシア内に生息していた。このコンソーシア内の細菌及び古細菌由来の遺伝子を分子生物学的手法により解析したところ,10種類以上の異なる遺伝子配列が出現し,それらの塩基配列を解析した結果,これまでに知られるPCE脱塩素細菌 (Desulfitobacterium属,Dehalococcoides属,Dehalobacter属など) と系統的に近い数種類の微生物の存在が示唆された。そこで,それらの系統的に近かった微生物の生理学的特徴や単離手法を参考にして,同コンソーシア内で脱塩素を担う微生物の単離を試みた。Desulfitobacterium属を単離目的とした培養系統では,複数株の微生物が単離された。最初に得られた数株は脱塩素を行わなかったが,後にピルビン酸や乳酸を電子受容体に利用し,PCEをcis-DCEまで脱塩素可能な株の分離に成功し,分離株が遺伝子系統的にDesulfitobacterium属と近縁であることが明らかとなった。そこで,分離株した脱塩素株を含むDesulfitobacterium属を包括して特異的に検出する蛍光DNAプローブを設計し,PCE分解コンソーシアに対して適用した結果,分離株と形態が類似する微生物を実際に検出することが可能であり,このプローブをモニタリング等に有効的利用できる可能性が示唆された。一方,Dehalococcoides 属を単離目的とした培養系統では,Desulfovibrio属や数株の古細菌が単離されたがいずれも単独ではPCEの分解を行えなかった。しかし,この培養系統からメタン生成古細菌を含む数種類の微生物が構成する,『より集積した完全分解系』が得られた。以上の研究から,分子生物学的手法を従来の単離法に併用すれば単離作業で非常に役立つことが示された。しかし,今回の培養プロセス自体は従来法に大きく依存したため,目的以外の微生物も多く単離された。したがって,遺伝子プローブ等を充実させればさらに効果的な単離手法が確立できると考えられた。