早川 幸恵
下水処理場放流水のコイ血漿ビテロジェニン濃度に及ぼす影響
人類はその活動に伴い、様々な化学物質を環境中に放出してきた。しかし、これら化学物質の中には生物の内分泌機能に影響を与えるものが存在することが明らかになってきた。これが「環境ホルモン(内分泌かく乱物質)」である。環境ホルモンは、非常に微量で作用し、世代を越えて影響を及ぼすものもあると考えられている。
近年、内分泌かく乱作用を示す様々な化学物質の環境中での濃度が調べられている。しかし、測定された個々の化学物質の濃度だけで野生生物や人間への影響を評価することは難しい。これら化学物質の生物に対する影響を相加性・相乗性を含めて総合的にかつ直接評価するには、鋭敏なバイオマーカーを用いることが不可欠である。
魚類の血漿ビテロジェニン(以下、Vtg)は、卵黄タンパク質の前駆体タンパク質であり、女性ホルモンにより肝臓で誘導合成され、血液で卵巣に運ばれる。したがって、このタンパク質は成熟したメスの血液中には多量に存在するが、オスや未成熟のメスの血液中には極微量にしか存在しない。しかし、オスや未成熟のメスでも、女性ホルモン自体、あるいは女性ホルモン作用を示す他の化学物質を外部から与えられると、Vtgが容易に誘導合成され、その血中濃度が増加することから、Vtgはこれらの化学物質汚染に対する有効なバイオマーカーとされている。
本研究では、マゴイのVtg精製標品とそれに対する抗体を用いた単純放射状免疫拡散法とELISA(Enzyme-linked immunosorbent assay)法を用いてコイ血漿Vtgを測定し、これをバイオマーカーとして、内分泌かく乱物質の河川への供給源の一つと考えられる下水処理場放流水中の女性ホルモン作用を有する化学物質の総合的な影響を調査した。マゴイを下水処理場放流水口直下流で飼育することで放流水に連続的に曝露し、血漿Vtg濃度への影響を調べた結果、曝露されたコイの血漿Vtg濃度が増加したことから、下水処理場放流水中には女性ホルモン作用を示す化学物質が含まれていることが示唆された。また、河川水を分析すると放流水には女性ホルモンであるエストロン(以下、E1)および、エストラジオール17-β(以下、E2)が高濃度に存在した。さらに、室内の水槽において、E1およびE2を含む水で飼育すると、E1およびE2の曝露濃度に依存した血漿Vtg濃度の増加が認められた。以上のことより、下水処理場放流水中に存在してコイのVtg誘導合成を促進した主な物質は、エストロンおよび、エストラジオール17-βである可能性が示された。