垂井 淳子 軟体動物におけるN-メチル-アミノ酸に関する研究  興奮性の神経伝達物質を誘導することで知られているN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)は、D-アスパラギン酸(D-Asp)の類似化合物として人工的に作られた化合物である。しかし、この化合物の存在がアカガイScapharca broughtoniiにおいて初めて報告され、天然に存在することが明らかとなった。それ以来、NMDAの生物界における分布・代謝機能に大変興味が持たれている。そこで私は、NMDAが生体内でどのように機能しているのかを解明するため、アカガイScapharca broughtoniiに存在するNMDAの生合成系路の探索を行った。最近の報告で、NMDAは、D-アスパラギン酸のメチル化により生合成されていることが示唆された。このことを踏まえ、実験では、アカガイホモジネート中に基質としてD-アスパラギン酸とメチル基供与体を添加し、アカガイ中のメチル化酵素を利用してNMDAが生成するかどうか調べた。その結果、NMDAの生成は確認できなかった。  アカガイの足(outside)組織抽出液を分析している際、HPLCクロマトグラム上のNMDAピークの近傍に2つの未知ピークが出現していた。このピークはNMDA微量分離定量法の条件やクロマトグラムの挙動から、N-メチル-D-グルタミン酸(NMDG)、N-メチル-L-グルタミン酸(NMLG)である可能性が考えられた。この物質はこれまで、ある種の微生物以外の生物において存在が報告されていない。そこで、下記の方法でN-メチル-D,L-グルタミン酸と思われる物質の同定を試みた。 (1) キラリティーの異なる誘導体化試薬を用いたHPLC挙動の検討 (2) NMDLG標準品とのCochromatographyによる同定 (3) ブタ腎臓D-アスパラギン酸オキシダーゼによるNMDGの消失を利用した同定 (4) 薄層クロマトグラフィーを併用した同定  その結果、N-メチル-D,L-グルタミン酸がアカガイ足(outside)組織に存在が確認され、NMDGにおいては天然に存在することが初めて明らかになり、またNMLGはある種の細菌以外の生物体内において初めてその存在が明らかになった。  アカガイと同類の軟体動物および様々な動物組織におけるNMDLGの分布を調べた。調べた動物組織の中で、NMDGの含有量が最も高かったのは、エゾボラ腎臓で、27.8±11.4 nmol/g tissueであった。一方NMLGの含有量が最も高かったのは、ハマグリ内蔵で、26.5 nmol/g tissueであった。アカガイ、エゾボラ、ムラサキウニの各組織に、NMDGとNMLGがほぼ等量検出された。NMDLGは特に軟体動物組織に多く分布しており、その中でも鰓と外套膜において、高いNMLG量を示した。  NMDLGと構造的によく似た化合物であるNMDLA、グルタミン酸、アスパラギン酸の各動物組織における含有量も調べ、NMDLGとの関連性を調べた。その中で、アカガイにおいて、NMDGとNMDAに統計的に有意な相関(相関係数:0.895 p < 0.001)が見られた。